東京地方裁判所 平成2年(ワ)9461号 判決
原告
二階堂浩
同
三瓶まつ
同
田中達雄
同
福元耕一
同
藤掛博
同
渡辺多美江
同
渡辺敏洋
右七名訴訟代理人弁護士
宗田親彦
同
秋山知文
被告
佐藤亘司
右訴訟代理人弁護士
岩原武司
同
大山健児
同
鈴木政俊
同
津田和彦
右訴訟復代理人弁護士
木村哲司
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告らに対し、別紙損害目録の本件請求額欄記載の各金員及びこれに対する平成元年五月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は製綿工場の火災の延焼により罹災した近隣の借家人である原告らが、火元工場の共有者である被告に対し、民法七一七条一項に基づく土地の工作物の占有者としての責任又は民法七〇九条及び失火ノ責任ニ関スル法律(以下「失火責任法」という。)に基づく責任を主張して、所有動産の焼失及び賃借権の滅失による損害と慰謝料の賠償を求めている事案である。
一争いのない事実
1 被告は、東京都世田谷区北沢一丁目三三番一一号所在木造亜鉛メッキ鋼板葺平屋建建物(現況一部二階建、別紙第一図の①の建物、以下「本件建物」という。)の共有者の一人であり、右建物の南西部分(別紙第二図の部分、以下「被告工場」という。)で布団の打ち直し業を営んでいた。林孝一(以下「林」という。)は、被告から本件建物のうち被告工場に隣接する南東部分(別紙第二図の及び部分、以下「本件工場」という。)を賃借し、同じく布団の打ち直し業を営んでいた。
2 林が、平成元年五月一一日午後二時三〇分ころ、たたみ機(以下「本件たたみ機」という。)の電源コードを本件工場の梁に押打した釘に巻き付けて、これを電灯用ソケットのコンセントまで導いて使用していたところ、右コードのビニール被覆が剥離し短絡して火花が発生し、梁の上に積もった綿ぼこりに着火し、その火が工場内に積み上げて置かれていた綿製品に燃え移って火災となり(以下「本件火災」という。)、本件建物が全焼したほか、右火災の延焼により原告らの居住する賃借家屋等五棟が全半焼し、五棟にぼやを生じた。
3 原告らを含む本件火災の罹災者九名と林との間において、平成二年二月二〇日、林が右九名に対し本件火災による損害賠償として合計二五〇〇万円を支払うことで調停(渋谷簡易裁判所平成元年(ノ)第一〇八号、以下「別件調停」という。)が成立した。
二原告らの主張
1 被告は、本件火災によって原告らが被った損害(以下「本件損害」という。)につき、以下のとおり、民法七一七条一項に基づく土地の工作物の占有者としての責任を負う。
(一) 本件たたみ機は、電力により布団等の綿を自動的に連続して再生する機械であり、容易に着火しやすい綿を扱う上、木造の建物に据え付けられているため失火に至る危険性が極めて高く、また、長さ約五メートル、幅約1.5メートルで相当程度の重量があり容易に移動可能な物ではないから、電気を動力源とする機械として不可欠な電源コードとともに本件建物と一体として民法七一七条一項にいう土地の工作物に当たる。
(二) 林は、約七年間、本件たたみ機の電源コードを前記のように釘に巻き付けて使用しており、作業の開始と終了の際にプラグを抜き差ししたり、コードが作業時に触れやすい位置にあったことから、局部的に反復の曲げ力が加わり、半断線状態となり発熱しビニール被覆が溶解し短絡したものである。このように業務の態様自体が危険であった上、本件工場には綿製品が山積みにされ、スプリンクラー等の十分な消火設備も設置されていなかった。本件たたみ機の電源コードの一方が接続する電灯用ソケットまでは被告の自宅の家庭用電源から被告工場を経由して配線されていたのであるから、こうした電源の使用方法をとる以上、家庭用電源にアンペア・ブレーカーを設置するだけでなく、条理上、短絡作動型漏電遮断器又は短絡防止装置(以下「短絡防止装置等」という。)を設置すべきであり、右装置等が設置してあれば本件火災を未然に防止できた可能性がある。したがって、土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があったというべきである。
(三) 被告が林に賃貸していたのは本件建物の一部であって、被告も本件建物で林と同様の布団打ち直し業を営んでおり、被告工場と本件工場はトタン板一枚で仕切られているにすぎず、動力用電源及び家庭用電源はそれぞれ一系統しかなく、いずれも被告工場から配線され、スイッチ及び動力用電源の漏電遮断器なども被告工場のみに存在した。被告は、本件工場にも立ち入って布団打ち直しの作業を行っており、本件工場の賃貸人として賃貸物の修繕義務も負うから、本件たたみ機及び電源コードを含む本件工場につき事実上の管理支配を有し、あるいは管理支配すべき地位にあったから林と重畳的にこれを直接占有していたものというべきである。そして、土地の工作物からの失火についても失火責任法の適用があり、土地の工作物の設置又は保存につき重大な過失がある場合に所有者又は占有者の責任を生ずるところ、直接占有者である被告は、右瑕疵を知り又は知り得べき状態にありながらこれを放置したといわざるを得ないから、重大な過失があり、占有者としての責任を免れない。
(四) 仮に、被告の直接占有が認められないとしても、被告は、本件工場の賃貸人として本件たたみ機及び電源コードを含む本件工場を間接占有していたから、本件損害につき賠償責任を負うべきである。
2 さらに、被告は、本件損害につき、民法七〇九条及び失火責任法に基づく責任を免れない。すなわち、被告は、林が以前に火を失して火災を生じさせた経歴があり、本来的に火を失しやすい業務に供するために本件工場を賃貸していたのであって、林の業務執行について火を失しないように十分配慮する義務があるにもかかわらず、林の電源コード巻き付け及び綿製品の山積みを放置し、十分な防火・消火設備を設けないまま本件工場を賃貸し、たたみ機用電源に短絡防止装置等を設置していなかった上、火災発生後本件工場内の綿製品を外に運び出して放置したためこれを媒介として原告らの居住家屋に延焼させたものであるから、林の失火及びその後の消火活動につき重過失がある。
3 原告らは、本件火災によって、別紙損害目録記載のとおり、それぞれ所有動産の焼失及び賃借権の滅失による損害と精神的苦痛を被った。
4 よって原告らは、被告に対し、不法行為による損害賠償として、右損害のうち、それぞれ、別紙損害目録の本件請求額欄記載の各金員(合計五〇〇〇万円)及びこれに対する不法行為の日の後である平成元年五月一二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
三被告の主張
1 被告は、本件損害につき、民法七一七条一項に基づく責任を負うものではない。
(一) 本件たたみ機及び電源コードは、いずれも、民法七一七条一項にいう土地の工作物に当たらない。すなわち、本件たたみ機は、それ自体発熱を伴うような危険物ではないし、床に置いてあるだけで建物に固定されておらず、容易に移動し得るから、建物に定着しているとはいえない。また、電源コードは、たたみ機に固定されているものではなく両端が着脱可能であり、たたみ機とは独立した動産である。
(二) 仮に、土地の工作物に当たるとしても、その設置又は保存の瑕疵につき重大な過失があるとはいえない。すなわち、家庭用電源に安全器は設置されており、また、漏電遮断器は設置されていなかったものの、法令上、被告にその設置義務はなく、平成元年二月一七日の財団法人関東電気保安協会による電気設備の安全調査の際も右設置は勧告されていなかった。仮に、瑕疵があるとしても、本件工場は、被告が林に賃貸している独立の一室であるから、林の電源コードの使用及び本件工場の防火設備の設置を適正に行うことについて、賃貸人にすぎない被告にその注意義務を負わせることはできない。
(三) 仮に、土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があるとしても、被告が本件たたみ機及び電源コードを含む本件工場の直接占有者であるとはいえない。本件工場は、被告が林に賃貸している独立の一室であり、また、家庭用電源のスイッチは被告工場の外壁に付いていて林も独自に操作することができたし、被告が本件工場に立ち入ったのは本件たたみ機の故障などの場合だけであって打ち直し作業を行うためではない。
(四) 被告は、本件たたみ機及び電源コードを含む本件工場の間接占有者であるともいえない。被告は、本件工場の賃貸人ではあるが、本件たたみ機及び電源コードの賃貸人ではなく、これを補修し得る立場にもなかった。
2 被告は、本件損害につき、民法七〇九条及び失火責任法に基づく責任も負わない。すなわち、被告は、単なる賃貸人であり、林とは別個独立に営業していたのであって、消火器及び防火用水を設置する等十分な防火・消火設備も備えていたから、原告ら主張のような重大な過失があるとはいえない。
四争点
1 被告が民法七一七条一項に基づく土地の工作物の占有者としての責任を負うか。
2 被告が民法七〇九条及び失火責任法に基づく責任を負うか。
第三争点に対する判断
一争点1(民法七一七条一項に基づく土地の工作物の占有者としての責任)について
1 前記争いのない事実及び証拠(〈書証番号略〉、証人林孝一、同冷水美良、被告本人)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 当事者及び本件建物の状況等
(1) 被告は、昭和二〇年から、父とともに本件建物において製綿業を営み、昭和二三年からは、佐藤繊維科学工業株式会社の代表取締役として営業していたが、本件火災を契機に右会社を解散して営業を止めた。借地上の本件建物は、昭和一一年ころ被告の父が購入し、昭和五一年被告ほか六名においてこれを共同相続したものであり、京王帝都電鉄井の頭線池ノ上駅付近の住宅密集地域に位置していた。
2 本件建物は、大正一三年ころ床面積約六七平方メートルの木造平屋建建物として建築されたが、昭和五〇年ころまでに一部二階建に増改築され(一階床面積約一七一平方メートル、二階床面積約五〇平方メートル)、屋根及び外壁はトタン張りであった。本件火災当時、本件建物の一階は、別紙第二図のとおり、南西部分約六七平方メートル(部分)が被告工場、南東部分約五四平方メートル(及び部分)が本件工場、北東部分約一六平方メートル(部分)が車庫、北西部分約三四平方メートル(部分)が物置となっていた。
(3) 林は、父とともに、東京都渋谷区の自宅工場で布団の打ち直し業を営んでいたが、右工場が火災により焼失したため、昭和四三年四月父名義で、同業者の被告から、当時は倉庫として使用されていた本件工場を賃料一か月四万五〇〇〇円で借り受け、昭和六〇年ころ父が死亡してからは、一人で右工場において布団の打ち直し業を営み、本件火災発生当時、賃料は本件工場の使用電気料金を含めて一か月五万円であった。布団の打ち直し作業は、取引先の布団屋からの委託により、布団の表皮を取って中の綿を適当な大きさにした上、打綿機に入れ更に小さくして柔らかく膨らんだ状態にし、それをたたみ機で畳むというものである。
(4) 被告と林とは、隣合わせで同種の営業をしていても、被告が前記のとおり会社組織で営業しているのに対し、林は個人営業であり、その取引先は異なり、相互の営業上の関係もなかった。被告は、被告工場で独自に製綿機とたたみ機を設置して作業を行い、林の営業する本件工場で作業するようなことは全くないばかりでなく、本件工場に立ち入るのは、便宜的に梱包紙の貸借をするときか又は年一、二回程度同業の先輩として好意で林の機械の故障を補修するときに限定されていた。
(二) 本件工場の状況等
(1) 本件工場の内壁は、隣接する被告工場との仕切りを含めてトタン張りとなっており、その高さは床から梁まで約2.8メートルであり、梁と屋根の間には空間が存し、天井も無く、出入口は南側の硝子戸のみで、被告工場と直接出入りすることはできない構造になっていた。
(2) 昭和四三年当時から、本件工場の家庭用電源は、本件建物に隣接する被告の自宅から電柱、被告工場を経由し梁の下を通って本件工場の電灯用ソケットまで通ずる電灯線で配線されており、電源のスイッチは被告工場の西側外壁にあって、林も独自に操作することができ、メーターのほか、短絡防止装置としてアンペア・ブレーカー及び安全器が被告の自宅に設置されていた。また、動力用電源は、被告工場から壁を貫通して配線されており、そのスイッチは本件工場と被告工場に、メーターは被告工場にそれぞれ設置され、財団法人関東電気保安協会の指示により、漏電遮断器が取り付けられていた。
(3) 本件工場には粉末消火器二本と水を溜めたバケツが用意されてあり、出入口脇の本件建物の南側に防火用水として直径約一メートル、深さ約0.9メートルの水槽が置かれ、常時水が溜められていた。なお、被告工場には西側出入口付近に消火器が二本置かれ、西外側に水道の蛇口があった。
(三) 本件たたみ機及び電源コードの状況等
(1) 林は、当初、本件工場を借りた際に被告が用意した打綿機と手作業で行う締め機を使用し、打綿機は動力用電源からモーターにつなぎ、打綿機と接続している締め機は独立の電源を要しなかったが、昭和五三年ころ、被告の紹介で新しい打綿機と綿を自動的に連続して再生する本件たたみ機に入れ替えた。本件たたみ機は、幅約2.3メートル、奥行一メートル、重量約一八八キログラムで、板張りの床の上の木台に設置されていたものであり、固定はされていなかったが、定位置で電力により稼動する機械であって、移動することは予定されていなかった。
(2) 本件たたみ機は、打綿機とは独立の電源を必要としたので、林は、別紙第三図のとおり、両端がプラグになっているビニール被覆の電気コードの一方のプラグを本件たたみ機のコンセントに差し込み、右コードを梁に打ち付けた三寸釘に一回巻き付け、他方のプラグを、本件工場の中央の梁のローゼットからコードで吊り下げられた電灯用ソケットのコンセントに差し込んで電源を取っていた。本件たたみ機を作動させるためのスイッチは機械自体に設置されていたから、使用する度にプラグを抜き差しすることはなかったが、作業の終了時にはコードのプラグを抜いて帰宅した。林は、昭和五九年ころ、古くなったコードを交換したが、その後も右同様の使用方法をとった。なお、被告も、本件たたみ機と同種のたたみ機を使用していたが、たたみ機の角へ木の棒を打ち付け、木の端に紐で電源コードを結び付け、右コードのプラグを電灯用ソケットのコンセントに差し込むという方法をとっていた。
(3) 林は、週に五、六日稼働していたが、ほぼ常時、打ち直し前の綿及び薄紙梱包した綿製品を、本件たたみ機の横に約2.5メートル、後方に約三メートル、ほぼ梁の高さまで積み上げて置いていた。
(四) 本件火災の発生
(1) 林は、平成元年五月一一日午後二時三〇分ころ、作業中、頭上の梁付近で出火したのに気付いて、バケツの水を掛けたが消火できず、被告の自宅に一一九番の電話を掛けに行った。そこで作業を休んでいた被告も火災に気付き、自宅の粉末消火器を持って本件建物に駆けつけたが、既に本件工場の戸から炎が吹き出していて入れる状況ではなく、まだ燃え出していなかった被告工場内の消火器で消火剤を振りまいたが、消し止められず、本件火災によって井の頭線の運行も一次停止したほどであった。
(2) 本件火災により、本件建物が全焼したほか、付近の建物にも延焼し、別紙第一図のとおり、本件建物の東側に隣接する関口アキ所有の木造二階建長屋(同図面の②の建物、以下「建物②」という。)及び南側に隣接する佐藤共之所有の木造平屋建居宅(同図面の⑥の建物、以下「建物⑥」という。)等が全焼し、北東側に位置する関口アキ所有の木造平屋建長屋(同図面の④の建物、以下「建物④」という。)等が半焼した。原告二階堂浩とその家族三名、同三瓶まつ、同田中達雄とその妻及び同福元耕一は建物②を、同渡辺多美江及び同渡辺敏洋は建物⑥を、同藤掛博は建物④をそれぞれ賃借して居住していた。
(3) 本件火災の原因は、林が、長期間、前記のような方法で本件たたみ機の電源を取り、作業の開始と終了の際にプラグを抜き差ししたり、コードが作業時に触れやすい位置にあったことなどから、電源コードが梁の釘と接触する部分に局部的に反復の曲げ力が加わり、ビニール被覆が剥離して半断線状態となっていたところ、電気回路が短絡して火花が発生し、梁の上に積った綿ぼこりに着火し、その火が本件工場内に置かれていた綿製品に燃え移ったことによるものである。
(4) 被告の自宅に設置されている家庭用電源のアンペア・ブレーカーは、過電流で切れるほか、短絡するとその回路が遮断される機能を有し、安全器も各配線について同様の機能を有する。短絡すると回路が遮断されるのは、一度目の短絡を拾い二度目で遮断するためであって、一度目の短絡で火災が発生してしまうと、このような短絡防止装置の設置によっても火災の発生を防止することはできなかった。
原告渡辺敏洋本人尋問の結果中、被告が本件工場で林と共同して営業していたか又は林の営業を手伝っていた旨の供述部分は、前掲各証拠に照らして信用することができない。
2 以上認定した事実に基づいて争点1につき判断する。
(一) 右認定事実によれば、本件たたみ機は、その構造や重量からしても定位置で電力により稼動する機械であって、移動することは予定されていなかったことが明らかであり、民法七一七条一項にいう土地の工作物に当たるというべきである。もっとも、本件たたみ機が床の上の木台に設置され固定はされていなかったことは、被告主張のとおりであるが、いわゆる危険責任の法理に基づき、土地の工作物を占有又は所有する者に対し、その設置又は保存の瑕疵により他人に与えた損害につき無過失の賠償責任を負わせている右規定の法意からすれば、機械の定着性は土地の工作物であるか否かの判定に当たって本質的な基準であるとはいえず、それが土地の工作物としての機能を有するか否かという観点からこれを決定すべきであるから、本件たたみ機が土地の工作物に当たるとの判断の妨げになるものではない。また、電源コードは、被告の主張するとおり、それのみでは両端が着脱可能な動産にすぎず、それ自体に危険性が顕在化しているともいえないが、本件たたみ機は電気を動力源とする機械であり、その作動には電源コードが不可欠であって、通電時には潜在的な危険を内包するものであり、本件たたみ機の付属物としてこれと一体となって利用されその機能を果たしていたものといえるから、電源コードだけを切り離して工作物であることを否定するのは相当でなく、本件たたみ機は機能的にその一部を構成する電源コードとともに土地の工作物に当たるものというべきである。
(二) 次に、土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があったか否かについて検討する。本件火災は、前記のとおり、本件たたみ機の電源コードの釘と接触する部分が短絡して発生したものであるところ、その電源である家庭用電源には短絡防止機能を有するアンペア・ブレーカー及び安全器が設置されていたこと、また、本件工場には消火器及び防火用水が設置されていたことは前示のとおりであるから、この点において、原告ら主張のような瑕疵があるということはできない。しかし、電源コードそれ自体の性状に欠陥があったわけではないが、林が、燃えやすい綿を扱う本件工場において、本件たたみ機の電源コードを釘に一回巻き付け、釘との接触部分に局部的に反復の曲げ力が加わることによってビニール被覆が剥離し、半断線状態となって容易に短絡を起こしやすいような危険な方法で長期間にわたり本件たたみ機を稼動させていたことは、土地の工作物が安全性を保持するために通常備えるべき品質・性能等を維持するに足りる措置を講じていなかったといわざるを得ないから、その設置又は保存に瑕疵があったものというべきである。なお、原告らは、土地の工作物の設置又は保存の瑕疵につき被告に重大な過失があると主張するが、民法七一七条の前記のような法意にかんがみると、右工作物の設置又は保存の瑕疵に起因して火災が発生した以上、同条が優先的に適用され、失火責任法の適用は排除されるものと解されるから、右瑕疵につき被告に重大な過失があるか否かの判断を要しない。
(三) そこで、進んで、被告が、本件たたみ機及び電源コードを含む本件工場の直接占有者に当たるか否かを検討するに、前記のとおり、本件工場は本件建物の一部であって、独立の電源はなく、動力用電源及び家庭用電源はいずれも被告工場から配線され、家庭用電源のメーター及び短絡防止装置は被告の自宅に設置され、本件工場の使用電気料金も賃料の一部に含まれており、隣接する被告工場では被告が林と同様の営業を行っていたものである。しかし、他方、本件工場は被告が林に賃貸した独立の区画であって、被告工場とはトタン板で梁の部分まで仕切られ、直接出入りすることができない構造になっており、本件たたみ機及びその電源コードも専ら林が管理し、稼動させていたものであること、本件工場の家庭用電源のスイッチは被告工場の西側外壁に設置され、林も独自に操作することができたこと、被告と林は隣合わせではあっても、全く別個独立に営業をしており、その取引先は異なり、相互の営業上の関係もなかったこと、したがって、被告は林の使用者ではなく、同人を指揮監督するという立場になかったこと、被告が本件工場に立ち入るのは、便宜的に梱包紙の賃借をするときか又は年一、二回程度同業の先輩として好意で林の機械の故障を補修するときに限定されていたことは、前示のとおりである。そうすると、前記のような事実関係があるだけでは、被告が本件たたみ機及び電源コードを含む本件工場について事実上の管理支配を有していたことを認めるに足りないというべきである。もっとも、被告が本件工場自体について賃貸人としての修繕義務を免れないことは原告ら主張のとおりであるが、本件たたみ機及び電源コードが賃貸借の目的物に含まれていたことを認めるに足りる証拠はないから、被告は、これについて賃貸人としての修繕義務を負うものではなく、他に、被告が、本件たたみ機及び電源コードを含む本件工場の事実上の管理支配を有し、あるいは原告らに対する関係でこれを管理支配すべき地位にあったことを認めるに足りる証拠はない。
(四) また、原告らは、本件工場の賃貸人である被告が本件たたみ機及び電源コードを含む本件工場の間接占有者として本件損害につき賠償責任を負う旨主張する。民法七一七条一項にいう占有者には間接占有者も含まれるが、その責任は、土地の工作物の直接占有者が免責される場合に所有者に先立って損害賠償責任を負うという二次的責任であるから、間接占有者の責任を追及する場合には、直接占有者が同条一項ただし書にいう損害の発生を防止するに必要な注意をしたことを主張・立証することを要するものというべきである。しかし、原告らは、この点について何らの主張・立証もしておらず、かえって、本件損害については、本件たたみ機及び電源コードを含む本件工場の直接占有者である林にその賠償責任があることは明らかであって、林が原告らを含む本件火災の罹災者九名との別件調停において、右九名に対し損害賠償として合計二五〇〇万円を支払うことで調停が成立したことは前記のとおりである。被告は、本件火災後、原告ら七名を含む一〇世帯の罹災者に対し、一世帯当たり五万円を見舞金として支払い、他方、林に対する自らの損害賠償請求権を放棄しているが、いずれも被告の情義に出た措置であることが認められ(被告本人)、この点は右判断を左右するものではない。したがって、被告が本件たたみ機及び電源コードを含む本件工場の間接占有者であるか否かを判断するまでもなく、原告らの主張は採用することができない。
二争点2(民法七〇九条及び失火責任法に基づく責任)について
本件火災を発生させた直接の原因が林の本件工場内における本件たたみ機の電源コードの使用方法にあったことは前示のとおりであるから、失火自体について被告の責任を問うことはできないというべきである。原告らは、被告が林の業務執行について火を失しないように十分配慮する義務があるにもかかわらず、林の電源コードの巻き付け及び綿製品の山積みを放置した旨主張するが、被告が右のような電源コードの使用方法を認識していたとしても、被告は本件工場の賃貸人にすぎず、林の使用者ではないのであって、前記のような双方の営業形態等にかんがみると、電源コードの使用方法及び綿製品の管理の改善について被告が的確な措置をとらなかったからといって、重大な過失、すなわち、ほとんど故意に近い著しい注意義務違反があったとまでいうことはできない。また、林がかつて同種営業をしていた東京都渋谷区の工場が原因不明の火災により焼失し、そのことを被告自身も了知していた事実はあるが(証人林孝一・被告本人)、これによって当然に原告ら主張のごとく被告の注意義務が加重されるものとはいえない。さらに、原告らは、十分な防火・消火設備を設けないまま本件工場を林に賃貸したこと、火災発生後本件工場内の綿製品を外に運び出して放置したためこれを媒介として原告らの居住家屋に延焼させたことについて重大な過失がある旨主張するが、これらは失火自体に関する過失ではないばかりでなく、後段の主張事実を認めるに足りる証拠はなく、また、前段の点についても、消火器及び防火用水を設置するなど一応の防火・消火設備を備えていたことは前示のとおりである。したがって、この点の原告らの主張も採用の限りではない。
第四結論
以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官篠原勝美 裁判官吉田健司 裁判官鈴木順子)
別紙〈省略〉